「海の素」

*** 海の素 ***

やさい村お店

[発売元]やさい村

東京都三鷹市下連雀3-6-25

「海の素」ものかたり -その8-

真島先生は山口県の防府で内科・小児科の医院を開業されていました。
先生は開業以来様々な患者さんと接するうちに、時代と共に次第に病気の傾向が変わって来ている事をひしひしと感じるようになり、その原因は何かと考えるようになったと言います。

昔は無かったさまざまな難病や奇病がだんだんと世の中全体に蔓延していったその時代、いったい何が変化して行ったのか?
それを考えているうちに一つの事が閃いたと言います。

それは先生が子供の頃の店先の風景だったそうです。
そういえば、そのころ店先では塩がザルに入れられて売られていて、そのザルからはポタポタとニガリが垂れていたと言います。

その光景はまさに天からの啓示のように先生には閃いたそうです。
そうか!!!塩が変わってから、難病や奇病が増えて来たのだ!!!

それはまさに難問の回答を見つけた時の様な確信に満ちた閃きだったそうです。

その閃き以来、先生の、塩(ニガリ)の医学的な効果に対する研究が始まりました。
その情熱たるやすさまじく、患者さんの治療に忙殺される合間をぬって瀬戸内海や日本海に延々と軽自動車を走らせ、きれいな所の海水をポリタンクに汲んでは持ち帰り、病院の中庭で炊き上げながら海塩を作ってはニガリを採集したと言いますから、塩ですら海水の3%で、そこから出来るニガリの事を考えるとそれは大変な努力で、凄まじく貴重なニガリでした。


その7でも触れたのですが、中国などから輸入された固形のニガリと、海塩を作る時に出来るニガリとは、呼び方は同じニガリですが、内容成分は全く違います。
輸入されている固形ニガリと呼ばれているものは、塩化マグネシウムの結晶で、海から塩を作る時に出来るものは、地球上の表層にある全てのミネラルが溶け込んで、いのちを発生させ、今もなお我々がひと時も切り離しては生きられない、いのちの母液と言っても過言ではないものです。

先生はそうして自ら手作業で作り上げた貴重なニガリに自らの工夫を加えて、まずは自分や自分の家族に使ってみたそうです。

その結果は、驚くべきものでした。
お母様の癌の進行が抑えられたり、ご自分や、奥様や、ご家族の様々な症状が改善され、その噂を聞きつけた、患者さん達がそれを薬として処方してくれないかと懇願されるようになったそうです。


医薬品として認められていないものは医者として処方は出来ないので、それを患者さんに納得してもらった上で、無料で患者さんに差し上げて試してもらったところ、多数の患者さんの様々な症状が改善され、そのうちもう薬はいらないからアレだけ下さいなどと言われるようになったそうです。

また病状が改善されて、来院しなくなる人もいてこのままではみんな治ってしまって病院経営が大変になるし、この事実を発表したいもののこの事を発表したらすべての病院や医療機関や製薬メイカーが影響を受けることになり、自分や家族の命が心配だと本当に心配しておられました。

先生はこの事実を誰かと分かち合いたくて、ちょうどその当時自然海塩運動を起こして海からの塩作りに取り組み始めた谷さんの存在をテレビや新聞などで知って連絡をとり、文通が始まったのだそうです。

その真島先生の話を私達は谷さんから何度も聞かされていて、谷さんが亡くなった後も私の心の中にはずっと気にかかっていた懸案でしたから、いつか真島先生とお会いしたいものだと思いながら、先生の所在も知らず、とうとう3〜4年は経ってしまっていたでしょうか。

真島先生の並々ならぬ閃きと努力と価値ある研究お話を伺い、またこれからどう進めて行ったら良いのかという悩みや問題を伺い、阪本さんと二人いろいろと話合いながら東京に戻りました。


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